G7からD3へ

これまで世界に最も影響力を与えて来たのはG7(Group Seven)であったが、次第にその影響力を失い、今では単なるお仲間国の集会となりつつある。今後世界で最も影響力を持ちそうなのはD3である。Dとは何かと言うとDictatorship=独裁国の事である。具体的にはロシア、中国、米国である。

ロシアと中国が独裁国であることは衆人が認めるところであろうが、米国が独裁国と言うには疑問を差し挟まれる方もおられると思うが、トランプは大統領に就任してから独裁者の道を邁進している。憲法を無視して自分のやりたい政策を進めるところは独裁者そのものである。

今回米国はロシアの原案に基づくウクライナ‐ロシアの和平案を纏めようとしている。独裁者を目指すトランプとしては独裁者の先輩であるプーチンによりシンパシーを感じるのであろう。金正恩に友情を感じたり、習近平と接近を図るのも彼らが独裁者の先輩であるからだ。

そして、このD3の連携が完成した時、世界は恐ろしい事態に直面する。何しろこのD3の中には世界第1位と第2位の経済大国が含まれるからだ。軍事力においても世界1位から3位までを独占し、経済力と軍事力でそれ以外の国は対抗しようが無い。世界経済を自由に操ったり、ウクライナ侵略のように他国へ侵攻しようとやりたい放題になる。

まだ米国での独裁体制が完成した訳では無い。しかし、トランプは残りの大統領の任期中に自分の独裁体制を強固にするような改革を推し進めるだろう。あるいは自分が大統領を退任しても次の大統領を陰で操る院政を敷くかもしれない。

第一次大戦後、世界最良の憲法はワイマール憲法だといわれた。しかし、独裁者ヒトラーはそのワイマール憲法から生まれている。民主主義国家から極めて民主的に独裁者が生まれる事はある。

ブロガー改めブローカー?

最近ネットで”蒼乃森ツトム”でエゴサーチすると蒼乃森ツトムのブログでは無くヤフオクの出品欄に行きつく様になりました。イヤハヤもっとブログ記事をアップロードしないといけないのですが・・

現在、昔買ったLPレコードをヤフオクに出品するようになりました。プラモの方はまだまだ片付けたい物が沢山有るのですが、1/12や1/8の車キットなど大型の模型が多くなって来て梱包の箱に悩んでいます。

まだ二十歳前だった私はこんなレコードを買っていました。

自民・維新連立政権

次期与党は自民と維新の連立で決定したようである。さてこの連立政権を何と呼ぶのだろう。自維(ジイ)ではマスターベーションみたいである。下の新を取って自新(ジシン)では南海トラフ地震が危惧されている中で縁起が悪い。自民と維新をひっくり返して維自(イジ)では意地を張っているみたいだ。兎角今度の連立政権は座りが悪い。

外国の代理人の党

自民党総裁選挙が終わっても、その後が喧しい状況である。はっきり言って私は自民党員では無いのでこの選挙の結果に関してトヤカク言える立場には無い。

しかし、靖国神社問題とか歴史認識とか言い出す党が在る事はよろしくない。何処の国でも死者を慰霊する施設は幾つも在るものであり、何処の施設に慰霊に行くかは、個人の信教の自由と云うものである。要は完全に政教分離がなされていて、個人の信仰と政策が相互に関係しなければ良い。また歴史認識や歴史解釈は、それこそ一人一人が違って当たり前なのである。もし、歴史認識や解釈が一つに統一されてしまったら、例えば歴史小説で司馬遼太郎や今村翔吾や山岡荘八が同じ人物に関して小説を書けば、全く同じストーリーになってしまうだろう。これでは歴史小説を読む意味が無い。それぞれが、独自の認識・解釈を持つからこれらの小説は生き生きと面白いのである。

もし、個人の信教の自由を禁止し、歴史に関する認識を一つに強制しようとする国家が在るとすれば、個人の自由な精神活動を阻害し、国民の人間性を喪失させてしまう危険な国家であると言える。

中国共産党軍はまだ日本に勝ったことが無いので抗日戦勝利80周年を声高に喧伝する

本年は第二次世界大戦終結から80年目にあたり、中国では抗日戦勝利80周年がアピールされ在留邦人の安全が危惧されているが、はっきり言って中国共産党軍が戦略的に日本軍に勝利したことは無かった。中共軍により日本軍が中国領内から駆逐されたのなら、抗日戦勝利を謳う事は出来るだろうが、1945年の終戦時において日本軍は、①中国東北部②華北地域③華中地域④華南地域⑤海南島⑥香港を占領下に置いていた。これらの地域の主権が回復されたのは日本が米国を主体とする連合国に無条件降伏した結果に過ぎない。

中共軍が勝利し本土より駆逐したのは国民党軍だけであり、元々中共軍の一番の敵は国民党軍であった。国共合作により協力して日本軍と戦うようになったが、主体的に戦ったのは国民党軍であり、中共軍はその間力を温存していた。もっとも国民党軍も米英の軍事支援によりやっと継戦出来ていたわけではあるが・・

中国共産党としては、これら不都合の事実を糊塗する必要があるので、ことさら自力で日本軍に勝利したように喧伝する必要が有るのである。

原因が分っているなら対策は立てられるはず

今年1月28日に埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故は、陥没した穴に転落したトラックドライバーの命を奪う悲惨な結果となった。原因は汚水から発生した硫化水素ガスが酸化されて硫酸となり下水管のコンクリート壁を腐食したとされている。

問題対策が立てられないのは通常原因が分らないからであり、今回の様に原因が分っているなら対策は立てられるはずである。

具体的には定期的に苛性ソーダを下水管中に注入して中和すれば良いのでは無いか?複成される硫化ナトリウムは回収してNAS電池の原料にすれば良い。

終活継続中④

高齢につき、まだ元気に動ける内に身辺整理を進めています。自分でも多趣味と言うか色々好奇心が強い方なので、これまで色々買いあさって来たものです。

ヤフオク利用以来、車のプラモデルを中心に出品して来ましたが、今回は米国車と米国の車カルチャーに関する雑誌です。所ジョージ先生監修の雑誌デイトナ(ネコ・パブリッシング刊)です。1991年7月の創刊号から1995年8月号の第50号まで欠け無しの50冊です。全冊破れやシミ無しの美本です。https://auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/x1198268553

所ジョージ先生はTVでも色々な番組に出演していますが、どの番組も面白く、その多趣味多芸の才能が非常に好感を持てます。

不毛の下総台地と満州引き揚げ農民

戦後80年が経過しても、敗戦後外地から引き上げて来た人々の苦労を偲ばずにはいられない。

話は大昔に遡るが、下剋上の嵐が吹き荒れた戦国時代、各地で多くの争いがあったが、現在の千葉県北部を戦場とした合戦は少ない。有名な所では二度に渡って争われた国府台合戦くらいである。千葉県北部で合戦が少なかった理由は、この地が米が取れないからである。明治時代以前の日本では、米の取れ高が国の豊かさを現わしており、米の取れない地を命懸けで奪い合う者はいなかった。

徳川幕府の時代となり平和な世の中になっても、この地で米作は行われず、馬の放牧地や巻狩りや鷹狩の狩猟場としてしか利用価値は無かった。狩りと云うのは単に武士の娯楽ではなく、軍事訓練の意味もあり、この政策は明治政府になっても引き継がれ、この地は軍事演習場と軍馬を育てる牧場となった。習志野市の名前の由来は、明治6年に明治天皇を迎えて行われた陸軍大演習で見事に操兵を行った篠原少将に感心した天皇が「操兵は篠原に習え」と感状を送ったことにより、この演習場は習篠原(ならしのはら)と呼ばれるようになり、それが習志野になったと言われている。

第二次大戦の敗北により満州から多くの開拓農民が日本に引き揚げて来ることになった。元々日本に農地が無く満州開拓に送った訳だから、日本に彼らに与える農地は無かった。一部の引揚者は南米に新天地を求めて移民して行ったが、残された引揚者に国が与えたのが、下総台地の御料牧場であった。元々農業に向かないから牧場にしていた土地であるから農地になる訳がない。

ここの不毛の地に住み着いた引揚者は、極度の貧困と苦労の末、ピーナッツ農園を開くことに成功した。現在日本のピーナッツ生産量の85%は千葉県産で日本一の生産量を誇る。しかし、やっと成功を掴んだ開拓農民たちに新たな苦難が襲い掛かることになる。

新国際空港の建設である。国は強制的に彼らの土地を収用していった。国の政策により満州の荒野の開拓、不毛の下総台地開拓と苦労を重ねて来て、やっとの思いで成功を掴んだ農民にとって到底容認できることでは無かった。現在でも成田空港闘争(三里塚闘争)は収束した訳では無い。闘争を続ける農民にとっては損得ではなく怨恨に近い。