オウム真理教事件 ー 陰で暗躍したもう一つのオウム

今からちょうど30年前に当たる、1995年3月20日東京中心部を走る複数路線の地下鉄車内においてジュネーブ条約でも禁止されている毒ガス兵器であるサリンが散布され、多大な被害が発生した。この事件を機に一機にオウム真理教(現在はアレフ及びその他の教団に分裂)に対する捜査が始まるのであるが、筆者にはこの事件の裏にもう一つの犯罪組織が暗躍していたとしか思えない。

この事件の前年の1994年6月27日の深夜松本市内においてサリンが散布され、多数の死傷者を出すことになった。警察では全く捜査の端緒を掴むことが出来ず、第一通報者を容疑者として嫌疑をかけることになる。危うく警察による冤罪事件となるところであった。犯人からすれば完全犯罪を成功させたと言える。

それに対して、翌年の地下鉄サリン事件では、多くの証拠を残し、その後の一斉捜査に繋がる。この地下鉄サリン事件の前後にもオウム真理教に関連する多くの事件が起こされているが、そこでは鮮やかに完全犯罪を実行するプロの犯罪集団と多くの証拠を残したり、事件そのものを失敗するドジな素人犯罪集団の二つが在ったとしか思えない。

地下鉄サリン事件では、当初駅構内でガス漏れがあったとか、アクロレイン(化学工場で使用されることもある溶剤の一つで天ぷらを揚げても少量発生する)が撒かれたとか情報が錯綜し、サリンと同定されるのに時間が掛かっている。これは素人が合成した粗悪なサリンであったためだと考えられる。一方松本で巻かれたのは兵器グレードの高純度なサリンであったと推定される。常識的には、化学合成にしろ物の製造にしろ経験を通して品質は向上するものであり、一年以上前に作られた物よりその後の物の方が品質が低いとは考えにくい。

<続きは明日・・>

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